読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

芸人物語 第2話〜雨宮の決意〜

カフェ・ド・グリーンの店員、斉藤朱音はある一つの疑念を抱きながら、殺虫剤を撒き、蚊取線香30個に火を灯した。
カウンターから、儀式を終えた雨宮をじっと見た。

"まさか、あの人が、あの・・・?"

カフェのマスターや他のアルバイトの人間、客達はみな大量の蚊を前に逃げてしまった。
店には朱音と三ツ島、そして雨宮の三人しかいない。

 "いやそんなわけない、そんなわけあるはずがない。まさか今自分の眼の前にいるこいつが、ここ数年都市伝説的にネットやオカルト好きの間で話題になっている【藪蚊男】だなんて…"

朱音は大学のゼミの先輩から藪蚊男の話を聞いた。
「その藪蚊男ってやつは身体の中から蚊を大量に生み出すんだ。生み出し方?にも種類があってタイプAからGまであるらしい。そんでさ、その藪蚊男、普段は芸人やってるらしいんだ。」
「げ、芸人ですか?」
「これがこの都市伝説のミソ的なところなんだよ。藪蚊を生み出すのは"面白く"なるためらしいんだ。体内から蚊を放出する時、一時的に身体は仮死状態になる、その仮死状態から生き返ると抜群に面白くなっているらしいんだ。」
「なんかちょっとSFが過ぎません?しかも芸人ってのがねー。都市伝説にしてはちょっと冷めますよ。それになんで蚊が出たら面白くなるんですか?因果関係がわからないし、不条理です。」
「不条理だからいいんじゃん?」
あれから5年が経つが、この話は朱音の心に妙に引っかかり、毎年夏に蚊を見ると藪蚊男を思い出していた。

「おい雨宮。」
三ツ島はぐったり机に突っ伏している雨宮をさする。
「あ、ああー!」
むくっと身体を起こした雨宮は三ツ島に飛びかかり、後頭部にかじりついた。
「あれ??? 口パッサパッサにならねえじゃねえか!おめえの後頭部、バームクーヘンでできてるんじゃねえかよ!」
「できてるわけないやん!!」
「じゃ何でできてんだよ!」
「皮膚と髪の毛と骨と肉と血や!」
「皮膚と髪の毛と骨と肉と血!? お前、、、。イエスキリストと同じ後頭部なのか!?」
「皆そうやねん!釈迦もキリストもガンジー柴田理恵麻木久仁子もみな皮膚と髪の毛と骨と肉と血で後頭部できとんねん!」

「今日はこんな感じだわ。」と雨宮。
三ツ島は何も言わず、だが満足げな表情でコクリと頷いた。
「とりあえず、ここ出るか?開演まであと30分しかねえから立ち稽古すっぞ。」
「そやな。えーと、680円か。」

「ちょっと! 」
三ツ島が伝票から顔を上げると斎藤朱音が顔を真っ赤にして仁王立ちしていた。
「こんだけ店めちゃくちゃにしといて、お会計して普通に帰るつもりじゃないでしょうね!」
三ツ島が何か言おうとする前に、雨宮のハイキックが朱音の顎を真芯で捉えていた。
「おい!!雨宮!何やっとんねん!!」
雨宮はすかさず三ツ島の背後に回りスリーパーホールドの要領で頸静脈を締めた。朱音も三ツ島も気絶した。

死体のように転がった三ツ島を背負い、1000円札を朱音の口の中に突っ込んだ雨宮は店を後にした。
開演まであと20分。大きな荷物を抱え劇場入りした雨宮は「① 尺八 (漫才)」と書かれた香盤表を見、あと二時間は起きそうもない三ツ島を見、あることを決めた。

「今日は落語をやろう」

若手お笑いライブ、コンビで出演予定だったのに、しかもネタの制限時間は3分だというのに、落語をやろうと、そう決意した。

続く

広告を非表示にする