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芸人物語 第4話〜雨宮は何処へ〜

創作話 、の話
新宿ブースト。

"エントリナンバー1番!【尺八】!"
東京プカパラダイスオーケストラの「しゃがれたミカン」が鳴り響く。
舞台が明転すると、舞台の中央には座布団が一枚。ではなく、気絶したままの三ツ島、その上に下手からゆらりゆらりとたっぷりの間を使い登場した雨宮が正座する。三ツ島の身体は、元ラグビー部だったこともあって座りやすい。
「えー、まあ若手のお笑いライブで、落語をやるとはどういうことなんだと思われている方が殆どかと思います。えー、ご覧の通り相方の三ツ島くんが数十分前に気絶しまして。 私一人で何ができるか、落語しかないとこう思ったわけであります。」
客席には、「なんだこいつほんとに落語やんのか?それなら俺が腕前を見てやる、俺は柳家小さんの落語を聞いて育ってきたんだ。落語、やってみい!」 「もう出落ちじゃん…気を衒ったコントね、はいはいこういうのする若手増えたけど笑えねーんだよなあ」 「あれ? 今喋ってるやつの腹からなんか黒いものが、、、?」 等々、いろんな客がいろんなことを思いながら、舞台を見つめていた。

「えーでは、落語、【だくだく】をやります。時間がないので、後半だけやります。・・・ ここか!ここだろ!と盗人の腰のあたりをめがけてぶすーっとついたつもり! いてでで!突かれたつもり! グリグリグリとえぐったつもり! 血が、血がだくだくっておい!なんだこれ!盗人の腰の傷口から、なんだこの虫! 蚊だ!蚊だよ!蚊が出てきたよ!」

雨宮はあの日の、雨宮が藪蚊男に変貌したあの日の、タチツ亭ウポンの高座を再現したのだ。つまり新宿ブーストに、蚊が充満している。
客は、先ほどのカフェドグリーンにいた客と同様に恐れなして悲鳴を上げながら出て行く。たださえ閉鎖的な空間では人々はパニックに陥りやすい。

だくだくを語り始めたあたりから照明の眩しさのおかげで意識が戻りつつあった三ツ島は舞台から客が逃げ惑う様子を見ながら何が起きているのかわからなかった。

終演後、迷惑をかけた、客が帰ってしまった等々合計23個の大から小の理由で二度とこのライブには出さない、こちらの会社からおたくの事務所に連絡をさせてもらう、そうライブの責任者からこっ酷く怒られた。

居酒屋鳥男爵に入った尺八の二人は無言で生ビールを一気した。
三ツ島が問うた。
「あれはなんや。どういうつもりや。そもそも、なんで俺にスリーパーホールドかけたんや!」

「咄嗟に。」

「咄嗟てなんや咄嗟て。咄嗟て。咄嗟の漢字ムズいねん!口から出て口に差す、なんやそれは! …あのさ、結成した時に約束したよな。舞台上では絶対に蚊出さへんて。」

「お前との約束より、蚊を出したいという欲が勝った、その結果だ。」

「ていうかお前なんかキャラ変わってない?前まで弱腰のさ、草食系男子の権化みたいな、服はお母さんに買ってもらってますみたいなさ、グラビアアイドルの水着姿でお腹いっぱいですみたいなさ、そんな感じやったやん。何を凛としてもうとんねん。」

「三ツ島。まだ気付かないのか。」

「気付かないって何がや。」

「俺は、雨宮ではない。」

三ツ島は目の前のラッキーストライクに火をつけた。
「おもんないねん。俺本気で質問してんねん。なんで気絶させたんや、なんで落語なんで約束破ったんや、なんで口調とか雰囲気とか急に変わったんや。それを聞いてんねん。」

「俺は雨宮ではない。雨宮は死んだ。というより殺した。」


三ツ島は"雨宮が死んだ"というこの突飛な発言があながち嘘ではないかも知れないと瞬時に思った。
大学時代心理学部で犯罪心理学専攻していた彼にとって、犯罪者、とりわけ殺人を犯した人間がどんな表情であるかを見分けるのは難しくはなかったし、何よりこの【雨宮】の雰囲気。この居酒屋に入ってからずっと感じていた妙な居心地の悪さ。三ツ島は慌てて雨宮に電話をかける。
「ああ、携帯電話はドブに捨てたから、繋がらないよ。」
三ツ島は【雨宮】の顔を見て愕然とした。

もうそれは雨宮でもなんでもなかった。全く知らない男の顔面であった。さっきまで雨宮だったよね?俺の目がおかしいんか?こいつには擬態能力があるんか?何が起こってんねや?今日一日中、ずっと何が起こってるんや?なんやこいつ?誰なんや?何が目的や?雨宮はどこに?いつすり替わった?なんで俺は気付かへんかったんや?なんやねん?何?なんなんこれ?雨宮を、こいつが、殺した?

泡を吹いて三ツ島は気絶した。

「自分から気絶してくれるとは好都合。」
タチツ亭ウポンは腹の中でそう思いながら、店員にはこの関西人は酔っ払ったらいつもこうなんだと言い訳をし、少し多めの金額を渡し三ツ島を担ぎ店を後にした。




続く。

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