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当時11歳の三島由紀夫の作文がえげつない

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読書大好き芸人であり、第二の又吉さんになるべく本を読みまくっているわけですが、三島由紀夫が一番好きです。

三島由紀夫のどこが好きかというと、まずもうその文章の美しさです。「日本語」て素晴らしい言語やなと、彼の文を読むたびに思います。レトリックを駆使して綿密に構築されている世界観は、思わずうっとりしてしまいます。

そんな彼、三島由紀夫(平岡公威)が11歳の時に書いた作文がこれです。

「我が国旗」
徳川時代の末、波静かなる瀬戸内海、或は江戸の隅田川など、あらゆる船の帆には白地に朱の円がゑがかれて居た。 
朝日を背にすれば、いよよ美しく、夕日に照りはえ尊く見えた。それは鹿児島の大大名、天下に聞えた 
島津斉彬が外国の国旗と間違へぬ様にと案出したもので、是が我が国旗、日の丸の始まりである。 
模様は至極簡単であるが、非常な威厳と尊さがひらめいて居る。之ぞ日出づる国の国旗にふさはしいではないか。 
それから時代は変り、将軍は大政奉くわんして、明治の御代となつた。 明治三年、天皇は、この旗を国旗とお定めになつた。そして人々は、これを日の丸と呼んで居る。 からりと晴れた大空に、高くのぼつた太陽。それが日の丸である。
11歳ですよこれが。
僕11歳の時は何してたかなー。
遊戯王カードばっかりしてましたね。デュミナイ・エルフに興奮していた頃です。

この三島由紀夫という男、晩年は政治的な活動に力を入れ、その最期は、自ら結成した民兵組織「楯の会」の仲間と共に自衛隊市ヶ谷駐屯地に乗り込み、東部方面総監を監禁。「自衛隊のみんな!今からクーデターを起こすぞおおお!!」という旨の演説を行った後、割腹自殺を遂げます。1970年11月25日のこと。


物事を考えまくった人は何らかのゾーンに達するのでしょうか。

僕もゾーンに達するぐらい、ネタ考えないとあかんです。


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